入試情報 資料請求 在学生の方へ 卒業生の方へ

新型コロナと環境問題 ~要因分解のススメ~【白木裕斗】

2020年06月01日(月) 04:04更新

過去3回のコラムでは、「何を基準に〇〇を選びますか?」を勝手にシリーズ化していました(第1回:賃貸住宅、第2回:電力会社、第3回:家電製品)。自粛生活で買い物に出かけられずもやもやしている人は、普段、自分がどんな感じでものを選んでいるのかを振り返る意味でも、過去の3回のコラムもご参照いただければ幸いです(宣伝です)。今回も同じノリで書こうとも思いましたが、2020年の春のコラムとしては、新型コロナの話題は避けられないでしょう。今回は、新型コロナと環境問題の話です。

新型コロナの感染拡大を受けて、緊急事態宣言下での「自粛生活」が始まり、緊急事態宣言解除後は「新しい生活様式1)」の実践が求められています。リモートワークや遠隔授業が一気に広がり、飲食店等が短縮営業するなど、社会経済活動が大きく様変わりしています。社会経済活動の変化は、それに伴い発生する環境負荷をも変化させています。

例えば、自粛生活に伴い、家庭から排出されるゴミの量が増加しているようです2)。自宅で過ごす時間の増加が影響しているとみられています。また、大阪市では、中古衣料品の国内外の移動制限措置の影響で中古衣類が滞留した影響から、衣料ごみの収集を一時的に停止しています3)。世界的にも、マスクや手袋などのプラスチック製品の消費量が急激に増加したことから、プラスチックゴミの増加やマイクロプラスチック問題の深刻化を懸念する声もあります4)。これらは環境負荷を「増加」させる方向の変化です。

一方で、環境負荷を「減少」させる方向の変化も観測されています。複数の論文や報告書5,6)が、日別のエネルギー消費量などに関する統計値を元に、世界の温室効果ガス排出量が大きく減少していることを指摘しています。国際エネルギー機関6)は、新型コロナの影響が続いた場合、2020年の世界全体の温室効果ガス排出量は、8%減少すると推計しています。これは、2009年の世界経済危機の影響の6倍だそうです。

この環境負荷の減少を皆さんはどのように考えますか?温室効果ガスが減ったから万々歳だ!この生活を続けよう!という人はあまり多くなさそうです。もしかしたらこんな生活を続けるくらいなら環境負荷なんか減らなくても良いと思う人もいるかも知れません。早まらないでください。ここで「要因分解」という考え方をご紹介します。環境問題と社会経済活動は切り離せませんが、それをうまく分けて考える方法です。

二酸化炭素排出量を例にご紹介します。ある国から排出される二酸化炭素の排出量は以下の式のように考えられます。

この式は二酸化炭素排出量を主な要因に分解しています。東京大学名誉教授の茅陽一氏が提示したもので、茅恒等式と呼ばれています。この式によれば、二酸化炭素排出量は、①二酸化炭素強度:エネルギー消費量あたりの環境負荷、②エネルギー強度:活動量(GDP)あたりのエネルギー消費量、③一人あたりGDP:人口一人あたりの活動量(GDP)、④人口の4つの要因に分けることができます。式から、これら4つの要因が増減すると環境負荷も増減することがわかります。

では、今回の新型コロナの影響による温室効果ガス排出量の減少は、どの要因の影響でしょうか?活動自粛など“経済活動が停滞している”という意味では、「③一人あたりGDP」が減少したと考えられます。リモートワークが機能している場合には、経済活動を維持しつつ人の移動によるエネルギー消費量が減少しているので、「②エネルギー強度」が減少したと考えられます。経済成長を続けるという資本主義の視点で考えると、前者は経済成長と逆行するので、“望ましくない減少”と判断できます。他方で、後者はエネルギーの効率的な利用という視点で捉えれば“望ましい減少”と判断できます。このように一口に温室効果ガスが減少していると言っても、今後も続けていくべき望ましい要因と、今後はもとに戻って欲しい望ましくない要因に分けられるのです。もとに戻って欲しい/もとに戻ってほしくないという二元論ではなく、要因分解によって、もとに戻ったほうが良いことと、これを機に普及させたほうが良いことの両方を丁寧に捉えてみると建設的な議論ができます。

この要因分解という手法は、環境問題を捉える手法としてよく利用されています。僕自身も、自動車の二酸化炭素排出量の経年変化を要因分解しています7)。個々の自動車の燃費の向上は二酸化炭素排出量を減少させているけど自動車一台に乗る人の数(乗車率)が減ったことがその効果を相殺してしまっているとか、大気汚染対策の条例がある地域の方が省エネ自動車の普及が早かった、みたいな結果が出ています。もし関心があれば、プレスリリース8)も御覧ください(宣伝です)。

1)厚生労働省:新型コロナウイルスを想定した「新しい生活様式」を公表しました< https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_newlifestyle.html>, 最終アクセス日2020-06-01

2)日本経済新聞:外出自粛で家庭ごみ急増、1割増の自治体も<https://www.nikkei.com/article/DGXMZO59010440S0A510C2CC1000/> , 2020-05-12 最終アクセス日2020-06-01

3)大阪市:新型コロナウイルス感染症拡大の影響に伴うごみの排出についてのお願い<https://www.city.osaka.lg.jp/kankyo/page/0000500619.html>,2020-05-28,最終アクセス日2020-06-01

4)CNN:新型コロナ対策で激増するプラスチックごみ、規制後退に懸念の声< https://www.cnn.co.jp/world/35153332.html>, 2020-05-05,最終アクセス日2020-06-01

5)Le Quéré, C., Jackson, R.B., Jones, M.W. et al. Temporary reduction in daily global CO2 emissions during the COVID-19 forced confinement. Nat. Clim. Chang. (2020). https://doi.org/10.1038/s41558-020-0797-x

6)IEA:Global Energy Review 2020 < https://www.iea.org/reports/global-energy-review-2020>, 2020-04,最終アクセス日2020-06-01

7)Shiraki, H., Matsumoto, K., Shigetomi, Y., et al., Factors affecting CO2 emissions from private automobiles in Japan: The impact of vehicle occupancy, Applied Energy, 259, 2020, 114196, ISSN 0306-2619, https://doi.org/10.1016/j.apenergy.2019.114196.

8)白木裕斗:自動車の平均乗車率の低下が 燃費改善によるCO2削減を相殺していることを特定,滋賀県立大学プレスリリース