地域の政策・事業の現場を担う人材の「職能」【平岡俊一】
2024年06月28日(金) 03:30更新
最近、私は、地域脱炭素(自治体レベルでのCO2排出量ゼロの実現を目指した再生可能エネルギー導入、省エネルギー推進などの取り組み)分野の現場で活躍している「専門人材」に注目した研究を行っています。専門人材とは、地域・自治体の現場で各種政策・事業の企画、調査、調整、実行などの専門的な仕事をしている人たちのことで、関係する職種は多様です(自治体の行政組織、地域エネルギー会社、NPO、中間支援組織の職員…)。研究の中で具体的に明らかにしようとしているのは、専門人材のみなさんが仕事を遂行していく上で重要と考える「職能」(技能、知識、態度…)とそれを獲得・強化していくプロセスなどについてです。
こうしたことを明らかにすることは、地域脱炭素政策・事業を具体的に推進する上で重要になる取り組みを把握できるのに加えて、今後、この分野の担い手となる人材の育成方策や人材が活躍できる環境整備のあり方など検討する上で重要になるのではと考え、日本と欧州の関係者のみなさんに協力いただき、インタビュー調査を重ねています。
前置きが長くなってしまいましたが、今回のコラムでは、欧州(オーストリアとドイツ)の専門人材へのインタビュー調査で分かったことを簡単ですが紹介させていただきます。欧州の調査では、基礎自治体(日本でいう市町村)で地域脱炭素政策を担当している行政職員、ならびに自治体や地域の中小企業・住民による取り組みを対象に各種支援を行っている「エネルギー・エージェンシー」という中間支援組織で勤務している職員を対象にインタビューを行いました。
【重要と考える職能】
地域脱炭素分野で仕事を遂行する上で重要な職能については多様な意見がありましたが、全員が共通して述べていたのは、「この分野での取り組みでは、多様な背景・関心を有する人が集まり、議論や作業を行うので、それらの人々から信頼を得たり、人から話を聞いて考えやアイデアを引き出したりする能力が重要」というものでした。加えて、「この仕事では気候変動、エネルギーに関する幅広い知識を有することが求められるが、全てについて深く把握しておく必要はない。各分野には専門家がいるので、どこにどういう人がいるのかということを把握しておき、必要になった際は専門家に話をつなげる、協力を得る力が重要」との回答も見られました。
これらから、地域脱炭素分野の仕事を遂行する上で重視されている職能は、「コミュニケーション」、「コーディネート」、「ネットワーク形成」などに関する技能であると理解することができます。一見すると、気候変動やエネルギーには直接関係なさそうなことですが、同政策を実際に推進する上では、自治体内外の関係する主体・組織間での議論や合意形成、協働などが重要になることから、このような「取り組みの進め方」に関連する能力が必要とされているようです。
【職能の獲得・強化】
上記のような職能を獲得する上ではどのような取り組みが重要と考えられているのでしょうか。インタビューで全員が指摘していたのが「仕事の実践・実務を積み重ねていくこと」ということでした。また、それに加えて、仕事に関連して受ける「継続教育」(社会人教育)の重要性を指摘する意見も多数聞かれました。回答者が在籍しているいずれの職場でも、所属する職員に対して教育プログラムの受講が推奨されており、ある自治体職員は、仕事時間内で平均月4~8時間ほど専門の教育機関が実施している教育プログラムを受講しているそうです。受講するプログラムは自身で選択し、その費用は雇用主である自治体が負担するとのことです。
これらからは、職能を獲得するためには、一定期間、同じ分野の取り組み現場に継続的に関わり続け、経験等を積むことがとても重要だが、加えてその中で自ら課題を見つけ出し、主体的に学び続けることも重要、と認識されていると理解することができます。
以上のような欧州での調査で得られた知見は、日本の地域脱炭素分野で専門人材を育成する方策を検討していく上でも大いに参考になると考えています。ただし、オーストリア・ドイツをはじめとする欧州各国では、自治体の行政職員も基本的に人事異動がなく、自身が専門とする政策分野で継続的に勤務することが一般的になっているのに対して、日本の大半の自治体では、頻繁に人事異動があり、特定分野で継続的に仕事を続けることが困難なため、そもそもこういった専門分野の職能の強化というテーマ自体を考えにくい状況にあります。今後、専門人材の育成を検討していく上では、その前提にある日本の人事制度や働き方などの構造についても考えていく必要性があることを、今回の調査で改めて認識させられました。
2023年夏に訪問したドイツ・バーデン=ヴュルテンベルク州のエスリンゲンという街の中心市街地
※本調査結果の詳細については、平岡俊一・的場信敬(2023年)「オーストリアでの気候エネルギー政策分野における専門人材の職能とその獲得・育成」『社会科学研究年報』53.をご覧ください