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ボランティアをつうじた現代の社会連帯ー私の環境学ー 【小野奈々】

2014年05月15日(木) 09:36更新

1.はじめに

 1997年の阪神大震災以来、日本ではNPO/NGOなどボランティア組織に対する期待を高めてきた。その背景には、社会が豊かになり、人びとが暮らしていく上でのニーズに国家や市場が十分に応えられなくなってきた状況がある。例えば、現在、震災時には、被災地に対して迅速かつきめ細かなケアを施すことが求められている。その望まれるケアの迅速さや丁寧さにおいて、国家や市場は十分に対応できていない。例えば、聴覚障害を持つ被災者への手話通訳や外国籍被災者への言語通訳、倒壊した家屋の片づけや避難所の円滑な運営などは、行政や市場原理では満たすことができない需要である。だが、「被災地なんて往々にしてそんなものだよね、お気の毒」と見過ごすのではなく、「ならば自分たちでそのニーズを埋めようじゃないか」と気概を見せる人たちが増えてきたのだ。他人のそうした欠乏を感じ取って、それを所縁のない自分たちの力で満たそうというところまで、庶民の心に余裕が出てきた、と言えるのかもしれない。震災後の日本のボランティア活動を巡る変化は著しい。1998年には、特定非営利活動促進法(通称NPO法)が制定され、他人のニーズを感じ取ってそれを満たそうとする人たちの気概に法人格を与え、労働力を集約して積極的に活用する社会システムを整えてしまおう、という時代になった。少子高齢化やガバメントからガバナンスヘといった社会変化がこの動向を後押ししてきている。

 しかし、そこに難点がないわけではない。これを説明するために、院生の頃の体験を引き合いに出したい。老人介護施設で活動するある福祉ボランティア団体のリーダーに話を聞いた時のことである。社会貢献に臨む個人のモチベーションが一般的にどのようなものに支えられているのかを知りたくて、拙い問いかけをする筆者を制してその人が語り始めたのは、かつて一家心中を試みたことがあるという個人の壮絶な体験談だった。伴侶を亡くし、生きる希望を失い、幼い子供を連れて国道をさまよったが死に切れなかった。その後、家に引きこもっていたところを、「母ちゃん、何でもいいから“外”に出ろよ」と息子に諭されて、ある時ようく“外”に出た。そのときにたまたま巡りあったのが、老人介護施設でのボランテイア活動だった。「だから、私の ボランティア活動には、立派な理念も社会貢献への固い意思もないのよ、ごめんなさい」とその人が静かに語り終えたとき、私は茫然と話に聞き入ることしかできなかった。ボランティア活動というものはあくまでもそのような個人的な動機に支えられて成り立っているということ、それゆえ、活動組織としては非常に不安定な性格をもつであろうことを理解したからである。そのような不安定な社会貢献活動の組織をどのような視点から研究すればよいのか。悩みが深まっていった。

 一般的に、ボランティアによって構成されるNPO/NGOなどの組織活動は、国家や市場では満たせない社会サービスを補完するものと理解され位置づけられている。だが、私が調査をする中で気づいたのは、人が、ボランティア活動、すなわち、無償労働を提供することには、しばしば、個人的な要因が深く絡んでいるということであった。その要因に踏み入ると、先のケースのように伴侶の喪失による社会的孤立など、枚挙に遑が無い。だが、何らかのかたちで、個人が社会へとつながること、他者と連帯しながら生きることを望んだときに、選択肢のひとつとしてボランティア活動があるということは、今日の社会における事実である。すると、これを研究対象にすることは、今の社会における社会連帯のあり様を明らかにすることにつながるのではないか。ボランティア活動とは、義務や権利を原理に連帯する国家組織、経済的互酬性を原理に連帯する企業組織とはまた別の社会連帯のパターンを日々更新している現象なのではないか。このように研究対象を見つめ直すようなった。また、この社会連帯のパターンが明らかになれば、ボランティア行為で構成されているNPO/NGO活動の組織マネジメントのプランニングに役立つだろう。そこで、私は、NPO/NGOの組織化に着目し、ボランティア活動をつうじた社会連帯のパターンを明らかにする研究を進めてきた。

2.これまでの研究で明らかになったこと

 これまでの研究で明らかにしてきたことは、主に次の4つである。

(1)小集団であり続ける組織ライフサイクル要因
 1980年代アメリカと1990年代日本の組織理論で 発展してきた組織のライフサイクル論では、組織というものは一般的に、起業段階→集合段階→形式化段階→効率化段階という4段階を経て、経営構造の見直しや規模拡大を図るものであると考えられてきた。しかしながら、企業組織とは異なり、ボランティア活動組織では、しばしば大組織にならず小集団であり続けるものである。小集団であり続ける理由については、既にいくつかの説があったが、茨城県潮来市の地域環境ボランティア組織の調査の中で、私は、既存研究のいくつかの指摘とは異なる要因によって、集合段階のステージに留まるケースがあることに気づいた。

 調査の結果、事例では、成員拡大を見越して形式化段階に移行する時期を迎えているにもかかわらず、新規の構成員獲得に失敗したり、組織の形式面での整備自体を望んでいないことが分かった。そこでの連帯は、「(環境保全技術の)会員相互のレベルアップの楽しみ」であったり、「(環境保全活動とは別に)老いていく互いの存在を見守り合う」など、構成員の間に存在する「相互鑑賞性(互いを理解し、味わうこと)」を原理とするものであった。また、そのような連帯の性質が、組織を形式面で整備することと合致しないために、形式化段階に移行しないことが分かった。

 以上の調査から、ボランティア活動組織が「相互鑑賞性」にもとづく連帯で成立している場合には、組織化のステージがある時点でストップするという仮説を得た。

(2)個人登録で活動を組織化する場合の連帯のパターン
企業組織と異なるとはいえ、ボランティア活動組織であっても、派遣社員のように個人登録システムによって構成員が組織化されているケースが存在する。例えば、市町村自治体のレベルで存在する社会福祉協議会所属の福祉ボランティアなどがそのケースにあたる。そこで私は、茨城県潮来市の社会福祉協議会に登録して活動している個人ボランティアをとりあげ、社会福祉協議会との協働関係をもとに、そこでの連帯のパターンについても研究を進めた。

 その結果、そこには2つのパターンが見られた。1つは、地域福祉推進という使命を達成するための互恵関係の維持に信頼を置くような善意への信頼、すなわち「関係的信頼(Goodwill Trust)」と呼びうるものを原理とする連帯である。いま1つは、同じく地域福祉推進という使命を達成するための相手の仕事能力への信頼、すなわち「能力的信頼(Competence Trust)」である。

 事例地のケースでは、社会福祉基礎構造改革が施行された平成12年前後を境に、前者の「関係的信頼」から後者の「能力的信頼」にもとづく連帯へとその原理が移行したことを明らかにした。この結論を一般化するにはさらなる議論を要するが、その礎となる概念とケーススタディとしての結果を得た。

(3)効率的に活動を組織化する場合の連帯のパターン
 (1)で得た結論と半ば矛盾するのだが、ボランティア活動組織の中にも、組織として効率化することを要する領域もある。例えば、人命救助のために、迅速で組織だった救援活動を展開する必要のある人道援助団体などがそれにあたる。ではそのようなケースにおいて、構成員はどのような原理に基づいて連帯しているのか。私はこれを明らかにするために、成長期にさしかかった国際人道援助団体のケースをとりあげ、研究を進めた。

事例のケースについては次のようなことが分かった。まず、組織活動として効率化を目指す人道援助団体の場合には、組織内部に、①活動をまとめあげる組織理念に心理的に強くコミットする連帯(ex.被災者を差別することなく、広く援助を提供する)と、②限定的な技能・専門性に心理的に強くコミットする連帯(ex.被災者に、医療知識からみて効果的な支援を提供する)がみられることが分かった。そして、組織の効率化を追求し始めるタイミングで、「何を効率的とみなすか」を争点に組織内部で両者が衝突すること、また、②の限定的な技能.専門性に基づく連帯の方がその対立の中で①に対する発言権を強めるという結果を得た。現時点ではこの結果の普遍性については検証できていない。

(4)空間的隔たりを前提に組織化する場合の連帯のパターン
 海外で柔軟に対応することが期待される人道支援のボランティアが、組織の一員として行動しながらも、刻々と変化する現場の状況に対して個人の判断をいかに織り交ぜつつ組織活動を成立させているのか。このような問いの下、国際人道援助団体を取り上げ、海外の現場のボランティア活動の組織化に焦点をあてて、そこでの連帯のあり方と組織化の工夫について研究を進めた。

 調査の結果そこでは、活動実践を通じてある種の組織イデオロギー(活動をまとめあげる組織理念とほぼ同義)が極端に単純化されるかたちで利用されていたことが判明した。その組織イデオロギーが単純な枠組みしか持たないために、現場のボランティアは、空間的に隔てられた事務局の指令を受けている組織の一員として振る舞いながらも、一方で刻々と変化する現場のニーズを取り入れた柔軟な判断ができていることを明らかにした。

3.今後の研究に対する抱負

 これまでの研究では、ボランティア活動全般を研究対象にすることで、現代社会における社会連帯のあり方を明らかにしてきた。事例の一部は、いわゆる環境ボランティア活動の組織を扱ったものだったが、特に環境分野に研究を特化させてきたわけではない。環境科学部に配属された今後は、環境ボランティア組織に特化した研究に専念し、それに限定されて見出される社会連帯のパターンを分析していきたいと考えている。また、滋賀県立大学に所属する研究者の一人として、琵琶湖やその集水域の環境保全に貢献する環境ボランティア組織の研究を目指していきたい。

(『環境科学部 年報 第15号』 2011年3月31日)