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小規模自治体がエネルギー政策を積極的に推進するモチベーション ~オーストリアでの事例から~【平岡俊一】

2020年08月03日(月) 10:21更新

私は、毎年夏に欧州のオーストリアをはじめとするドイツ語圏の国・地域(ドイツ、スイス、北イタリアなど)を共同研究者とともに訪問し、自治体でのエネルギー政策(省エネルギー、再生可能エネルギー)や持続可能な地域づくりをテーマにした調査活動を行ってきました。これらの国々では、もちろんEUや国が積極的ということも背景にありますが、人口数百~数千人といった小規模な自治体が「カーボン・フリー(二酸化炭素排出量が実質0%)」、「再エネ100%」といった目標を掲げ、各種のエネルギー政策を活発に展開する事例が多数見られます。
日本国内の状況を見ると、一部の先進的な自治体を除くと、小規模な自治体になるほど、職員数や予算の余裕がないことも関係し、この分野の政策の優先順位はあまり高くなく、活発化していない状況にあります。そこで、私たちは、ドイツ語圏の小規模自治体はどのようなモチベーションのもとエネルギー政策に積極的に取り組んでいるのか、といったことに着目しながら、アルプスの山中や農村地域に点在している数多くの自治体を訪問し、村長や行政職員、議員等の関係者を対象にインタビュー調査を重ねてきました1)
今回は、このテーマに関して興味深い話を聞くことができたオーストリアの「アイゼンカッペル・フェッラッハ村(Eisenkappel-Vellach)」(2018年9月訪問)の事例を紹介したいと思います2)

図1 アイゼンカッペル村の位置

アイゼンカッペル・フェッラッハ村(以下、アイゼンカッペル村)は、オーストリア南部のケルンテン州内にある自治体で、同国の最南端に位置し、東欧スロベニアと国境を接しています。村域のほとんどを山岳・森林が占めています。
人口は約2,400人ですが、その約9割をスロベニア系住民が占めている点に特徴があります。村の主要産業は農業・観光業で、観光業に関しては、村内に温泉があり、ヘルス・ツーリズムやアウトドア・スポーツに関連する事業が盛んに展開されていることもあり、同村は「健康自治体」を標榜しています。
人口は減少傾向にあり(2001年から2011年の間の人口減少率は-11%)、オーストリア国内の自治体としては高齢化が進行している状況にあります(と言っても、60歳以上の住民は約3割であり、日本の同じような地域条件の自治体と比較するとそれほど高くないように思われます)。地域内に大きな企業もなく、財政的にあまり豊かではないという課題を抱えています。

写真1 村の中心部

アイゼンカッペル村でのエネルギー政策は、2009年に村の主催で、多数の住民が参加し、同政策の推進方策について総合的に議論を行う「未来対話」という企画を実施したことがきっかけになっています。この住民参加型の議論の結果をもとに、村議会は、村の公共施設では化石燃料と原子力由来のエネルギーを使用しない、という決議を行い、村役場は、これまで電気を調達していた電力会社の株主に原子力発電所を所有するドイツの電力会社がいることを理由に購入を中止し、同じ州内の別の村に拠点を置いている電力会社から再エネ100%の電気を購入することに踏み切りました。

そのほかにも同村では以下のような政策・事業を展開しています。
・ エネルギー・マネジメント・システムの国際規格であるISO50001の認証を自治体として世界で初めて取得(2011年)
・ 総合的な気候エネルギー戦略、交通戦略の策定
・ 地元の木材を熱源とした地域熱供給網の整備
・ 公共の集合住宅の屋根に市民出資型の太陽光発電を設置(その他の公共施設にも太陽光発電を多数設置)
・ 村内各地の河川を利用した小水力発電の設置(計9ヶ所)
・ 村民向けのカーシェアリングシステムの導入(村役場の公用車(電気自動車)の未使用時間を活用)
・ 村内の太陽光発電、小水力発電を使った電気自動車用の充電ステーションを設置(カーシェアリング用の公用車の充電に利用)
・ 村の中心街における歩行者・自転車道の整備、車のスピード制限
・ 村所有の公共施設(学校、幼稚園等)での省エネルギー対策(村役場全体でエネルギー消費量を4割以上削減)
など

写真2 市民出資型の太陽光発電所が設置されている公共住宅

写真3 村内の小水力発電所

こうした一連の取り組みにより、オーストリア国内で実施されている自治体のエネルギー政策の評価制度(e5プログラム)において、アイゼンカッペル村は国内全体で総合6位という高い評価を受けたのをはじめとして、同国内ならびにEUレベルで実施されているさまざまな賞を受賞しています。

人口規模が小さく、村役場の職員数も24人という規模のアイゼンカッペル村がどのようなモチベーションのもとエネルギー政策に取り組んでいるのでしょうか。私たちのインタビューに答えた副村長のGabriel Hribar氏によると、同村における社会経済面の衰退とその背景にある民族問題が重要な要因になっているそうです。
冒頭でも述べたように、アイゼンカッペル村をはじめとするケルンテン州南部は、ゲルマン(ドイツ)系の住民が多数派を占めるオーストリア国内においては少数民族となるスロベニア系住民が多数居住する地域となっています。スロベニアがユーゴスラビアの構成国であった頃は、スロベニア語を第一言語としていると就職が困難であったり、同系住民が多数居住している地域・自治体の企業に対しては支援がほとんどなされないなど、差別的な扱いを受けることが多く、アイゼンカッペル村が社会経済面で課題を抱えている背景にそれらが少なからず影響してきたそうです。そして、現在同村においては、スロベニア語を第一言語としている住民は3割程度まで減少してしまいました。そうしたことから同村の関係者は、以前から地域社会ならびに民族的なアイデンティティの存続に関して強い危機感を有していたそうです。

そうした中で、近年、村の政治状況に変化が起こるようになり、2009年の村長選挙では、スロベニア系の地域政党に所属する村長が当選し、さらに、2014年には村議会選挙で同党が第一党になりました。村の政権与党となった同党は、スロベニア語や民族文化の復興を図るとともに、特に経済面に関する地域課題を乗り越えるひとつの手段として気候エネルギー政策を位置づけ、積極的に推進するようになりました。
同政策を推進する具体的な狙いは、公共施設等でのエネルギー消費量の削減や村が豊富に有する森林・河川など地域資源を活用した再エネ導入を推進することで、化石燃料の消費に伴う関連費用の村外(国外)への流出の削減、売電による経済的収入の増加などとなっています。また、同村はヘルス・ツーリズムなどを主要産業としていることから、村内の良質な環境(大気)を維持することが至上命題となっており、そのために車の利用、化石燃料(特に石炭)を使用した暖房などの削減を図ることも主要な目的となっています。
以上から、アイゼンカッペル村では、条件不利地である同村の生き残りを視野に入れてエネルギー政策が展開されていることが分かります。こうした同村の姿勢は、これまで都市部に比べてさまざまな面でハンデを背負わされてきた日本の農山漁村地域の自治体において同政策を活性化させていく戦略を考える上でも非常に参考になる事例だと思われます。

1)本研究による一連の調査結果の詳細については、的場信敬・平岡俊一・豊田陽介・木原浩貴『エネルギー・ガバナンス――地域の政策・事業を支える社会的基盤』学芸出版社(2018年)をご覧ください。

2)アイゼンカッペル村の事例の詳細については、平岡俊一・的場信敬「オーストリアの条件不利地域における気候エネルギー政策の展開――ケルンテン州アイゼンカッペル・フェッラッハ村の事例から」『人間と環境』45(2)(2019年)をご覧ください。