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害獣駆除問題から考える自然との付き合い方1 【林 宰司】

2016年10月20日(木) 04:43更新

 先日,2016年7月31日の京都新聞の「有害鳥獣の焼却急増、3カ月で千頭超 京都・福知山市の施設」という記事が目に留まった。狩猟者が害獣処分専用の焼却処場に持ち込んだ場合,狩猟者に支払う補助金額を1頭当たり1,000円高く設定したところ,処分場の処理能力では追いつかないほどになったという内容である。これは補助金額を上げればそれに補助金支出対象の経済活動が反応するという経済原理にかなってはいるが,非常に大きな違和感を覚えた。害獣駆除活動の価格弾力性(補助金額に対する反応度合い)が大きいのもよいのか悪いのか考えなければならない問題である。

経済学では人工資本と並んで自然を「自然資本」(ストック)としてとらえ,自然資本のストックが生み出す「生態系サービス」(フロー)が私たちの豊かさに対して,人工資本と同様に寄与していると考える。しかし,自然資本が生み出すサービスの経済的便益の大きさの評価は,私たちの自然との付き合い方によって大きく変わる。

 かつては食料資源であったシカやイノシシなどは,現在では「害獣」扱いである。限定的に一部がジビエとして供給されているが,大半が先述の新聞記事のように処分されているのが実情だ。シカやイノシシの個体数が増大し,害獣扱いされるようになったのは,それらの捕食者であるニホンオオカミを人間が絶滅させたことが最大の原因であるが,狩猟者数が増えないことと,シカやイノシシを食料資源にできていないことも大きい。

 昨年の秋,長浜市にあるイタリアンレストランで鹿肉のたたきを食する機会があった。鹿肉は数回食べた経験があったがいずれも獣臭くて再び好んで食べたいと思うものではなかったのだが,こちらのレストランで頂いたものは絶品であった。レアな状態であったので少々怖かったのだが,一度口に入れるとその旨味と甘さは筆舌に尽くせない美味であった。よくよくシェフのお話を伺うと,自身も狩猟免許を保有しているとのことで,食用にできる獣について大変詳しかった。奥山で木の実や木の葉などの植物性の餌をたくさん食べて里に下りて来た個体でないと食用にできないそうだ。既に里に下りてきて動物性の餌を主食にしている個体は,内臓や腹膜に寄生虫やウィルスがたくさんおり,食すると危険であるということであった。加えて,植物性の餌を主食にしていた個体でも,熟練者がウィルスが回らないうちに短時間にきれいに解体したものでないと危険であるそうだ。ところが,湖北地域にはそのような熟練した解体技術を持つ狩猟者は1人しかいないらしい。筆者は食肉用の解体は比較的容易なロー・テクだろうと思っていたが,吊るすためのチェーンをかける部位や解体の順序なども食肉利用できるかどうかに大きく関わる非常に高度な技術を要するのだそうだ。シカやイノシシを駆除の対象としてしか見なければ,そうした貴重な伝統技術は継承されないで近い将来に途絶えてしまうことになり,それによって失われる損失の大きさは計り知れない。

<続き>
『害獣駆除問題から考える自然との付き合い方2』

低温調理で仕上げられた鹿肉のロースト 適切な処理と適切な調理をされたジビエは美味しい

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適切な処理と適切な調理をされたジビエは美味しい

鹿の解体作業の様子

鹿の解体作業の様子