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環境フィールドワークの楽しみ 【上河原献二】

2014年11月27日(木) 10:42更新

 私の一番楽しみな科目は、「環境フィールドワークⅠ」という演習です。屋外の「現場」を実際に見ることができるのが、何より楽しいのです。環境科学部の1回生全員が、4学科混ざって、4つのコースに分かれて、屋外で観察、インタビューなどの調査を行い、それを班ごとにレポートにまとめて発表します。
 私の担当しているコースは、東近江市の愛知川扇状地の農村地帯を対象にしています。バスに乗って、農村地帯に出かけて行きます。
 私の担当しているテーマは、獣害対策、つまり、シカ、イノシシ、サルによる農業被害への対策です。獣害は、1990年代から、全国の農村で大きな問題になっています。滋賀県も例外ではありません。その中で、東近江市は、対策に熱心に取り組んでいる、いわば「本場」なのです。

 私は、昨年3月まで環境省で25年余り、法律を担当して勤務していました。私の最も好きな環境政策の分野の一つが、野生生物管理なのです。しかし、ほとんどを東京の霞が関で過ごしたため、国立公園や国設鳥獣保護区に出張する機会はあっても、農村の獣害の現場を見る機会はありませんでした(もちろんそれはその人と担当職種によります)。滋賀県立大学で、「環境フィールドワークⅠ」を担当して、獣害をテーマに学生たちとともに農村を見て回り、地元の方々のお話をお伺いできるのは貴重な体験です。

山際に巡らされた獣害防止用フェンス

山際に巡らされた獣害防止用フェンス

サル・カラス防止用ネットの張られたナシ畑

サル・カラス防止用ネットの張られたナシ畑

 東近江市では山際をぐるりと獣害防止用フェンスで囲んでいるようすを見ることができます。地元の方々にお伺いすると、それによって、シカとイノシシからの害はかなり軽減したそうです。残るはサルの害で、山際近くの果樹園や野菜園などは、ネットで覆われています。環境フィールドワークで集落を訪れていて、サルの群れに出くわすこともあります。昼間人出が少ないので、サルたちは人を恐れず出てくるようです。

フィールドワークで出会ったサル:集落内の鎮守の森

フィールドワークで出会ったサル:集落内の鎮守の森

 ではなぜ、シカ・イノシシ・サルなどによる農業被害が増えているのでしょうか。それには、大きく言って、3つの理由が挙げられています。第一は生息頭数と生息地の拡大です。それには温暖化と少雪化も関わっていると言われています。第二は、狩猟者の減少とそれによる捕獲圧力の減少です。第三は、農山村における人間活動の低下です。
耕作放棄地は、けものたちにとって格好の餌場・かくれ場です。また、兼業化・高齢化が進んでいるので、農地に余り人がいなくなっています。獣害問題というのは、純粋な自然現象ではなくて、自然と人間社会との相互作用の変化による問題なのです。

 対策としては、第一に増えすぎたシカ・イノシシ・サルなどの捕獲(個体数調整)、第二に周辺環境整備(山際のやぶの刈り払いなど)、第三に農地管理(侵入防止柵の整備、残置作物の撤去など)が行われています。

 今年の夏、ミシガン大学日本センター(在彦根)に短期留学していたミシガン大学の学生さん(生物学専攻)が日本の獣害対策でレポートを書きたいので指導してほしという依頼がありました。その学生さんを連れて、東近江市(環境フィールドワークへの同行、地域住民による山際でのヒツジ飼育などによる対策)、彦根市(市役所と荒神山)、滋賀県湖北事務所と米原市内の対策現場、多賀町立博物館を見学しました。その学生さんにとっても日本の農村に入り込んで現場を見て地元の人の話を聞けることは、興味深い刺激的な体験だったようです。

 実は私は、子供のころから野生生物や自然観察が大好きだったのです。高校時代は、理学部生物学科に進学するつもりで、部活動も生物部に所属していました。私たち「ヤスデ班」は、地元の愛媛県松山市城山のヤスデの調査をしていました。市街地の中心にあるお城山の森の中で、落ち葉の下の土を採取して、装置にかけて、シャーレのアルコール液の中に落ちてくるヤスデを確認するのです。一緒にたくさんの種類の土壌動物(トビムシ、カニムシ、線虫、ササラダニなど)も出てきます。ちなみに、腐葉土の中は、地上でも最も多様な種類の生物が生息している場所なのです。土壌動物がいなければ落ち葉が分解されて有機物豊かな土壌が形成されることもありません。落ち葉を食べるヤスデはそのような分解者としての重要な役割を担っている土壌動物の一員なのです。生物の調査では種の同定が難関ですが、それは、新居浜工業専門学校で教えられていた多足類(ヤスデ、ムカデの仲間)の専門家、村上好央先生にお願いしていました。私たちの調査は、部の顧問教師として指導してくださっていた藤島弘純先生(後に島根大学教育学部教授)が、論文にまとめてくださって、「松山城山のヤスデ類の生態学的調査」『動物と自然』第10巻第9号(30-34頁)1980年に掲載されています。それが私の名前が著者(共著者の一人)名として出てくる最初の論文です。その論文が、松山市環境部が発行した『松山野生動植物目録2012』の中の「松山市産ヤスデ類目録(第2版)」の中に引用されていることを、最近見つけました。私たち「ヤスデ班」の調査に社会的な意味があったことをそれで確認できて、うれしく思いました。

 私は、大学進学に当たって、もう一つの関心事項であった社会的な問題に取り組むため公務員になろうと思い、法学部に進みました。しかし、法学部には野外観察の科目がないのです。ほとんど「文献を読む」というのが、勉強の方法なのです。これにはカルチャーショックを覚えました。滋賀県立大学環境科学部で教えるようになって、再びフィールドワークに出ることができることを、私はうれしく思っています。

 野生生物管理政策は、ワシントン条約のような国際制度から裏山のシカ・イノシシ・サルまで幅広い興味深い分野です。国際制度・国・地方公共団体・地域住民・NGO・研究者が協力して対策を進めています。どのような協力体制が可能なのか、文理融合の環境政策・計画学科で、フィールドワークをしながら考えていきたいと思っています。