ヒッチハイク・イン・アリゾナ(後編)【井手慎司】
2022年10月03日(月) 01:31更新
愛車 Datsun 210 の水温計がどんどん上がっていく.猛暑のなかだが,もちろんエアコンは切って,窓は全開で走っている.しかし,もう少しで,赤いオーバーヒート・ゾーンに達しそうだ.何かがおかしい.クラッチ板だけがオーバーヒートの原因ではなかったのだ.
しかたがないので,車を路側に止めて様子をみる.確かに,しばらくエンジンをかけたままで駐車していると,水温は少し落ち着くのだが,走りはじめると,またどんどん針が上がっていく.しかたがないので,またストップする――こんなことを数回繰り返しただろうか.
どうもラジエーターがおかしいようだ.
結局,ロサンゼルスから戻り,ヒューストンで修理工場に出して分かったのだが,ラジエーターが目詰まりを起こしていた.実はこの旅行の数ヶ月前,我がポンコツ車のラジエーターは水漏れを起こしていたのだ.しかし,貧乏学生だった私は,修理工場へ車を持っていくお金を惜しんで,「シーラー(塞ぐ)」という薬を使うことにした.確かに,それで水漏れはぴたりと止まった.が,どうやらこの薬,ラジエーターのフィン,つまり襞(ひだ)の部分で沈殿を起こして,軽い目詰まりによって水漏れする孔を塞ぐというしろものだったようだ.したがって,水漏れは防げるが,同時に,ラジエーターの冷却能力をも奪ってしまうという,ややペテン擬いの薬.それでも普通に走行している分には,問題がなかったのだろうが,例のクラッチ板の空回りで,エンジンが焼け付き,オーバーヒートしたはずみで沈殿が促進され,ラジエーターの目詰まりが決定的になったようだ.(ちなみに,高温で沈殿が促進されるとは,この薬品,炭酸カルシウムか硫酸カルシウムの類じゃなかろうか.)
と,冷静に言えるのは,終わった後の話.当時はパニックっていて,とてもそこまでの頭は回らなかった.頭が回ったところで,何の解決にもならなかっただろう.結局,最終的には,ラジエーターを中古のものと取り替えるしかなったのだから.
しかし,神様はわれわれを見捨てなかった.画期的な解決法を見つけたのだ.
どうやってその方法を思いついたのか,よく思い出せない.どうせ,やけくそになって手当たり次第,やれることをやってみたのだろう.
その方法とは,「暖房(ヒーター)」をつける,というものだった.
冷静に考えれば,あたりまえかもしれないが,暖房にしてやることでラジエーターの熱を逃がしてやることができる(もちろん,車内へだが).これは劇的に効果があった.暖房を「強風」にしてやると,見る間に,水温計の針は下がっていった.
すべての窓は開け放していたとはいえ,むろん炎天下の中,車内は「サウナ」状態へと化した.が,ともあれ,これによって走り続けることができた.
ロサンゼルスに入るには,最後の難関,シェラ・ネヴァダ山脈南端の峠越えが待っている.暖房運転(?)で,ごまかしてはいるが,さすがにこの峠越えは,ぎりぎりの状態で,水温計とにらめっこしながらアクセルを調整する状態が一時間ほど続いた.
峠を越えきり,下り坂にかわったときの感激をよく憶えている.思わず,バンザイと叫んでいた.もう,水温計を気にする必要はなかった.
――結局,途中のアクシデントで数時間を浪費したが,ヒューストンからロサンゼルスまでノンストップ,運転を交代しながら 32時間で走り抜けた……今から振り返ると,よくまぁ,あんな無茶を,と思うが……
ロサンゼルスには一週間ほど滞在して帰路についた.もちろんヒューストンまで帰りの 2,500 km,再び,暖房(ヒーター)をガンガンかけながら,サウナ状態の愛車 Datsun 210 で突っ走ったことは言うまでもない.
この旅行で得た教訓――地球環境のためには,夏でも,ヒーターをつけて運転しよう.クーラーをつけるより,燃費もいいし,サウナで汗も流せて,「夏ばて」しらずの一石二鳥.汗をかいてダイエットできれば,体重も軽くなり,またその分,燃費もよくなるかも? (おわり)
【このコラムは,教員のリレーエッセー特別編として1999年に当時の学部HPに掲載したものを転載したものです.】