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LAのLRT 【香川雄一】

2020年02月25日(火) 10:52更新

分かりにくいタイトルだと思われるかもしれませんが、都市のことを勉強していて、交通問題にも関心のある人にとっては、この2つは意外な略称の組み合わせなのです。LAとは、UCLAやLAドジャースの「LA」、つまりLos Angeles(ロサンゼルス)のことであり、LRTとはLight Rail Transit(次世代型路面電車システム)のことを意味しています。では、なぜ意外な組み合わせなのでしょうか。最近の都市紹介では違ってきているかもしれませんが、かつて高校の地理の教科書などでは、アメリカ合衆国のロサンゼルスと言えば、いかにもアメリカ文化らしく自動車中心の生活が普及し、都市内と都市間を結ぶ高速道路網が発達し、車社会の典型のような都市という記述だったような気がします。都市と言っても日本の大都市での主要駅前にあるようなデパートや商店街、公共施設などは中心部になく、ロサンゼルスでは郊外へと都市機能の立地が拡散し、車での移動が当然のように説明されていたようなことを覚えています。

2013年11月と2017年8月の2回、現地調査のためにロサンゼルスを訪れた結果、過去に教科書で読んだロサンゼルスとは異なる都市の光景が新たに広がっていることが分かりました。空港への着陸前に空から見た風景では、高速道路網と自動車の多さは相変わらずのようでしたが、空港からロサンゼルス市の中心部に近づくにつれて、自動車全盛都市のイメージが覆されていくような気がしました。つまり、ロサンゼルスでは都心部と郊外を結ぶ公通機関として、LRTが整備されようとしているのです。たった4年ほどの渡航間隔の間にも、路線網の整備が進み、太平洋岸のサンタモニカ(一定の年齢層以上は桜田淳子の歌詞を思い出すでしょう)やロングビーチ、都心部の周辺にあるリトルトーキョー(日本人街)やチャイナタウン、さらには住宅地のある郊外へと路線が増えつつありました。

LRTを含むロサンゼルスの公共交通機関の路線図
https://media.metro.net/documents/8f0fe43e-da3b-4a10-bd8e-4cfd54e30eb3.pdf)]

こうした都市の交通網の変化がなぜロサンゼルスで起きたのでしょうか?たぶん環境問題の関係でまず思い浮かぶのは、地球温暖化問題とも絡んだ二酸化炭素の排出抑制対策でしょう。多くの自動車はガソリンを使用し、化石燃料を消費するとともに、汚染物質を含む排気ガスを放出します。さらに、地球温暖化問題に注目が集まる前から、ロサンゼルスは自動車の排気ガスによる大気汚染で有名な都市でした。日本では高度経済成長期における工場による公害問題の発生以降に、自動車による排気ガスによる大気汚染も着目され始めましたが、アメリカ合衆国では日本よりも早く自動車の普及が進んでいました。アメリカ産の自動車による排気ガス問題の反省から、日本の自動車会社では排気ガス対策に早めに取り組み、燃費の高い自動車の開発を進めたという歴史もあります。

ロサンゼルスのLRT(リトルトーキョー駅付近)

ロサンゼルス/チャイナタウン駅付近のLRT

最近では自動車自体が、ハイブリッドカーや電気自動車、水素自動車といったように、環境への負荷を考慮した車種の開発を進めていますが、都市の内部で大量の人を同時に、エネルギー消費を節約しつつ移動させようとすると、まだまだ公共交通機関の役割は重要なのです。前回の教員コラムで紹介したマンチェスターにもLRTが導入されていたように、先進国の大都市において、高架鉄道や地下鉄よりもバリアフリーなLRTとして路面電車が再評価されているのです。モータリゼーションによる車の渋滞から高度経済成長期末期に廃止を余儀なくされてきた路面電車が復権しつつあるといえるでしょう。

ロサンゼルスの中心部でもうひとつ、昔の教科書のイメージを書き換えつつ、交通手段の変化に関する光景を発見することができました。国内でも海外でも大都市を訪問する際には、高層ビルからの都市全体の眺望をノルマとしていて、事前にガイドブックを見ては、登ことができる高層ビルを探しています。ロサンゼルスの中心部ではロサンゼルス市庁の展望台からの眺望を実現しました。風景については、最近ではインターネットなどでも空中写真画像が見られるので、それほど珍しいものではないかもしれませんが、LRTの普及以前から自動車中心の都市としての特徴があると考えていたロサンゼルスでも、ダウンタウンには市役所などの公共施設が集積しており、その都心近くにある民族別居住地区としてエスニックタウンが展開しているという都市の内部構造を再確認できたのです。

ロサンゼルスのダウンタウンにある市庁舎

もう一つがコミュニティサイクルステーションの存在です。さきほどロサンゼルスの大気汚染の話にも触れましたが、ロサンゼルスの地形的条件として、西から南にかけては海、北から東にかけては山に囲まれています。大気汚染を悪化させやすいというマイナス面の一方で、やや起伏はあるものの、都市の中心部は平坦な場所が多く、ある意味、自転車の移動にも適しているのです。環境に配慮した交通手段の変更はモーダルシフトとして注目されつつありますが、まさにアメリカ合衆国の大都市においても、脱自動車のこうした取り組みが実践されていることを目の当たりにすることができました。

リトルトーキョーにあるコミュニティサイクルステーション

最近、読んだ『気候正義』(宇佐美誠編著、p.52、勁草書房、2019年)という本にも、以前の自分と同様の都市のイメージとして、「発達した公共交通網をそなえたロンドン」と比べて、「モータリゼーションが進んだロサンジェルス」では「通勤や買い物のために多くの排出量を必要とする」という対比が説明されていました。みなさんが将来的に訪問する国や都市においても、前に勉強していた常識が現地での目撃情報により覆されるという経験をするかもしれません。ぜひ環境問題や環境政策の目線でも、さまざまな場所を訪れてもらいたいと思います。