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「西欧自然環境保全の旅」第4回 イギリスにおける生物防除の研究【上河原献二】

2024年05月20日(月) 10:51更新

本学科上河原献二教授が、一般社団法人日本植木協会の機関誌「緑化通信」に本年4月号まで過去6回連載した記事をご紹介します。

※「緑化通信」のご好意で転載許可をいただき、転載しています。

第4回目は、イギリスにおける生物防除の研究

今回は、侵略的外来生物管理のためイギリスが力を入れている技術開発、生物防除(biological control)についてご紹介します。その技術開発の対象となっているものの一つがイタドリです。イタドリは、原産地である日本では目立たない植物ですが、世界自然保護連合(IUCN)の「世界の最悪の侵略的外来生物100」の一つに選ばれています。もともとは、19世紀にシーボルトが園芸目的で日本から持ち出して、そこからさらにイギリスに輸入されたものです。残念なことに今では、イギリスで最も深刻な影響を与えている侵略的外来植物の一つとなっています。そのため、イタドリは、イギリスの法律の規制対象となっていて、売買が禁止されているほか、管理下から逸出させることは違法と解釈されています。また、近隣に被害を生じている場合には、2014年に成立した法律に基づいて、自治体から駆除を命じられることもあります。ブリストル市内でイタドリを放置して市からの駆除命令に従わなかった不動産業者が、2018年に18000ポンドの罰金判決を受けています(BBC2018年12月6日)。
不動産の取引・開発には、イタドリの駆除が重要になります。例えば、2012年のロンドンオリンピックの会場は、元々長く放置されていた場所で、そこにイタドリが繁茂していたので、駆除しなければなりませんでした。農薬散布、機械式除去などを行った経費は、7000万ポンド(88.2億円(1ポンド126円換算(2012年当時))を要したそうです。更にイギリ ス全体では、年平均1.6億ポンドから2億ポンドかかっていると推計されているとのことです(M. Wilson,FinancialTimes,2016年3月18日)。

イタドリの管理のため、2001年から、環境省などが費用を出して、研究機関(CABI)が生物的防除方法の開発に取り組んでいます。6年間かけて200種の候補の中から選ばれたのは、日本産のイタドリダラキジラミ(Aphalara itadori)でした。まずイタドリ以外には寄生しないことを確認して許可を得て、2010年から野外試験がイギリス国内で始まりました。しかし、その系統は長期間定着できる可能性は弱いことが分かりました。そのため、2019年に再度日本における調査を行って新しい系統が選ばれました。この系統について、許可を得て野外実験が行われ、その結果の評価が進められています。また、イタドリの葉に感染する斑点病菌についても、環境省の許可を得て、屋外試験が行われています。この斑点病菌については、将来的には企業と協力して、副作用のない農薬のような形での提供が構想されています(CABI2022)。イタドリに対する生物防除の研究に取り組んでいるのは、九州大学大学院生物資源環境科学府出身の黒瀬大介博士です(写真1.)。

CABIは、国際協定に基づく国際研究機関で、50 ヶ国が参加しています。侵略的外来生物管理とそのための生物防除の研究は、CABIの主要な事業です。イ ングランドにおけるCABIの研究拠点は、ヒースロ ー空港の南西方向に位置する静かな大学町の郊外にあります。外観は、お屋敷のように見えます(写真2.3.)。そこでは、ほかにもオニツリフネソウ(写真4.)など5種の侵略的外来生物に対しての生物防除方法の開発も進められています。生物防除の実施については、導入候補の天敵が、駆除対象の侵略的外来生物以外に寄生しないこと(宿主特異性)を確認することなど、国際的に受け入れられた手順が作られています。その手順に沿って、イギリスでは環境省が、屋内・屋外・野外での試験の審査と許可を行っています。CABIは、大規模に拡散した侵略的外来植物を、機械や農薬によって管理するには、膨大な費用がかかるので、手順に従った生物防除の技術開発は合理的であると勧めています。また最近公表された侵略的外来生物管理の国際評価報告書(IPBES2023)でも、その有効性が指摘されています。私は、日本も、侵略的外来植物管理のための生物防除の導入を検討すべき時期に来ていると思います。

参考文献:
IPBES(2023)Summary for policymakers of the thematicassessmentofinvasivealienspeciesandtheir control of the Intergovernmental Platform on BiodiversityandEcosystemServices.