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「西欧自然環境保全の旅」第1回 オランダ最大級の自然再生事業【上河原献二】

2024年05月13日(月) 02:00更新

本学科上河原献二教授が、一般社団法人日本植木協会の機関誌「緑化通信」に本年4月号まで過去6回連載した記事をご紹介します。

※「緑化通信」のご好意で転載許可をいただき、転載しています。

第1回目は、オランダ最大級の自然再生事業(テンハーメッテン島)

皆さんは、オランダといえば何を思い浮かべるでしょうか。

干拓によって国土を拡大してきた国で稠密な土地利用が行われているというのが一般的なイメージではないでしょうか。

ところが、農村を湿原中心の自然保護区へ転換する事業がオランダで行われています。ロッテルダム中心部から南20キロほどの、デルタ地帯にある約1000ha の小島(テンハーメッテン(Tiengemeten)島)がその舞台です。それは、オランダにおける自然再生事業の最大のものの一つとされています。

自然保護団体(Natuurmonumenten)が1997年に島の土地所有権を取得して事業を開始しました。

島の東部では、麦畑などのかつての農村景観が保全されています。島の西部には干潟状の湿地が拡がっています。中央部は、堤防に穴があけられて、湿地性の草原になっていて、毛足の長いハイランド種の牛の群れが放牧されています。また、本土と連絡するフェリーの発着場があり、そばにはかつての農家を改造したビジターセンターと農業博物館が設置されています。

さらにレストラン・キャンプ場付きの宿や子供用の野外の遊び場も設けられています。「自然保護区」とは言いながら、自然公園に近い利用がなされています。コロナ禍前の2018年には年間約5万人の来訪者があったとのことです。1997年当時、6戸が農業を営んでいましたが、2006年に全て立ち退いています。

テンハーメッテン島の自然再生事業は、オランダ政府の生態系ネットワーク計画(1990年)と南ホーランド州政府の「自然開発」計画(1994年)の一環として行われてきました。

オランダの自然再生事業を支える考え方は、「自然開発(naturedevelopment)」と呼ばれています。「自然開発」論の主唱者たちは、自然の過程の促進を通じて自然の再生を目指すべきこと

「自然開発」地区の目指すべき目標を、伝統的な農村ではなく、人間社会以前の「原生的自然」(wilderness)に置き、農業など他の土地利用との分離を主張しました。しかし、そのことは農業関係者からの反発も招きました。そのため実際のオランダの政策では、「自然開発」は、従来の保全政策の補完として位置付けられました。自然再生において「原生的自然」を目指す考え方は、イギリスでも盛んになっていて、rewilding と呼ばれていますが、それには賛否両論あります。

テンハーメッテン島を含むハリングフリート(Haringvliet)川地域全体の自然再生も進められています。そのために島の西20キロほどにある河口堰(1971年完成)の試験的な部分開門が行われています。部分開門によって、もとの汽水域の生態系の再生と、サケ・マス類の遡上がライン川につながるこの水系で復活することが期待されています。

沿岸域における堤防建設によって干拓と淡水域の造成を行ってきたオランダの国土づくりは、曲がり角を迎えているのです。

テンハーメッテン島とその周辺に示されるオランダの自然再生事業・政策は、自然再生の目指すべき生態系の姿は何なのか、農業や地域の主体とどのようにかかわるべきか、河口堰の見直しはどうあるべきかなど、多くの論点を日本の我々にも提供しています。

主な参考文献
上河原献二(2020)農村から湿原へ-オランダ・
テンハーメッテン島の自然再生事業とその背景、
地球環境学、15、103-113.