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フラミンゴの花筏(はないかだ)【井手慎司】

2020年11月30日(月) 11:55更新

桜にまつわる季語に「花筏」という言葉がある.水面に散った桜の花びらがかたまりとなり,優雅に流れるさまを筏に見立てた晩春の季語である.そのピンクの花筏を,日本から遠く離れたケニアのナクル湖で見たことがある.とは言っても,その花筏の正体は,桜の花びらではなく,数十万羽のフラミンゴである.フラミンゴの中でも小型のレッサー・フラミンゴと呼ばれる種で,鮮やかなピンク色をしていることで知られている.

ナクル湖は,ケニアの首都ナイロビから車で約3時間のところにある.大地溝帯に点在する強アルカリ性のソーダ湖のひとつで,塩分濃度も非常に高い.そのため,限られた種類のプランクトンしか繁殖することができず,その優占種が「スピルリナ」という藍藻類である.この藍藻類が鳥の体内で代謝され,β-カロテン化したものが羽根に沈着するため,主食とするフラミンゴの体色がピンクになるのだと言われている.多い年にはこの湖に百万羽以上のフラミンゴがやってきて,数ヶ月間滞在する.計算によると,それによって湖から捕食されるスピルリナの量は毎日200トン近くにもなるが,スピルリナの繁殖力はすさまじく,消費された量は24時間以内に元に戻るのだそうだ.

ナクル湖を見下ろす岩山から見たとき,何十万羽ものフラミンゴが湖岸沿いの浅瀬にピンクの帯状に群がっているさまは,まさに「花筏」の形容そのものである(写真は2003年に筆者が撮影したもの).

しかし,ここ10年間,飛来するフラミンゴの数が数千羽にまで減ってきているという.2011年に発生した洪水によって湖の水位が上がり,面積も以前の1.5倍にまで拡大したのだそうだ.湖は,水深が4 m以下と浅く,閉鎖湖である(流出する河川が存在しない)ことから,水位の変動が激しい.水位の上昇に伴い,塩分濃度が薄められ,アルカリ性が低下したことでスピルリナの量が減少し,そのため,餌を求めてフラミンゴが他のソーダ湖に移動したのだと言われている.そして,この洪水の背景には集水域における森林の過剰な伐採が,また,飛来数の減少には,上流のナクル市から流れ込む工場廃水の影響も疑われているようである.

ただし,私が知る限り,フラミンゴの数が毎年変動したり,何年かの周期で増えたり減ったりするというのは,この湖で繰り返されてきた歴史でもある.ナクル湖には,その前の1991年と1992年にも訪れているが,私が行ったのは幸い,いずれも飛来数が比較的多い年だったようである.しかし,飛来数はその後の1990年代の後半に一旦大きく減少している.当時は,その数年前にナクル市で実施された上水道事業(水道の普及によって湖に流入する生活排水が増加したこと)の影響を疑う説もあったが,2000年代に入ると,飛来数は数十万羽に回復している.また,ネットで調べていくと,今年(2020年)の9月付のニュースで,フラミンゴの大群が8年ぶりに湖に戻って来たという記事を見つけることができた.

飛来数の増減は,観光への依存度が高い地元経済にとっては死活問題であるが,フラミンゴの立場からすれば,ナクル湖のスピルリナが減少しても,餌が十分にある近隣(数百キロ離れた)の他のソーダ湖に移動すればよいだけのことである.とは言え,人間活動による負の影響があることは間違いないだろうから,飛来数の短期的な変動に一喜一憂することなく,長期的な観点から問題の本質を見極めて,大地溝帯のソーダ湖全体で必要な対策を打っていくことが肝要である,ということだろう.

しかし,そう書きつつも,ナクル湖以外のソーダ湖となると,とてもじゃないが,ナイロビから日帰りで行くことはできなくなる……できれば,手軽なナクル湖で,いつまでもフラミンゴの花筏を見られたらいいのにと内心では思ってしまう.つくづく,人間とは身勝手な生き物である.