「西欧自然環境保全の旅」第3回 ロンドンの新名所となった自然再生事業(ロンドン・ウェットランドセンター)【上河原献二】
2024年05月17日(金) 12:03更新
本学科上河原献二教授が、一般社団法人日本植木協会の機関誌「緑化通信」に本年4月号まで過去6回連載した記事をご紹介します。
※「緑化通信」のご好意で転載許可をいただき、転載しています。
第3回目は、ロンドンの新名所となった自然再生事業(ロンドン・ウェットランドセンター)
ロンドンの繁華街の中心、ピカデリーサーカスから南西に8キロほどのところに、野鳥の楽園ロンドン・ウェットランドセンター(以下「センター」)があります(写真1)。2000年に開園して、年間約20万人が訪れるロンドンの新しい名所となっています。
そこは、元々ロンドンに上水道を供給するために19世紀末に建設されコンクリート張りの42haの大規模な貯水池だったのです。20世紀に入ると、水鳥の越冬地として著名になりました。そのため1970年代には、「学術研究上重要地」(Sites of special scientific interest:SSSI)に指定されました。しかし、1989年に貯水池としての役割は終りました。水鳥・湿地トラスト(Wildfowl & Wetlands Trust:WWT)の創設者であったピーター・スコット卿(写真2)は、当時、ロンドン地域での野鳥保護区の形成を構想していました。そこに、この役割を終えた貯水池の情報が知人より伝えられたのです。そしてWWTと貯水池を所有するテムズ・ウォーター社とで話合いが持たれました(イギリスでは上下水道事業が民営化されています。)。その結果、隣接するテムズ・ウォーター社所有地9haを宅地開発して得られる利益1100万ポンドを活用して、貯水池を新しい湿地に転換する事業が行われることになりました。パンフレットによると現在の同センターの面積は45haなので、東京港野鳥公園(36ha)、谷津干潟(40ha)より少し広いほどです。
1995年に地元自治体の計画承認を得て、同年11月から工事が始まりました。多様な水鳥が生息できるように多様な形態の湿地が整備されました(写真3)。そしてイギリスの植生分類に基づいて自然状態を模して植物が植えられました。それらはその後、見事に成長しています。そして地元ボランティア・グループの協力を得て、ロンドン地域でもっとも詳細といわれる動植物調査が行われています。
生えてきた植物の中には招かざる客もありました。1998年に南米原産の侵略的外来水生植物オオバナミズキンバイが確認されたのです。植栽したときに紛れてきたのではとの見方もありますが、水鳥によって種子が運ばれた可能性があると私たちは推察しています。イギリスの野外における初確認でした。見つけたのは、WWTのボランティアでした。それをロンドン地域の植物相を記録する役割を担っていた著名なアマチ ュア植物学者R.Burton氏が同定しました。同氏がその報告記事の中で、オオバナミズキンバイがフランスで大繁茂して深刻な害をもたらしていることを警告したのも立派です。外来生物管理を含めてイギリスにおける自然保護は分厚い市民ナチュラリストの存在に支えられています。手作業による引抜に加えて除草剤も慎重に活用して、2010年にはセンターのオオバナミズキンバイは地域根絶状態に至りました。
セ ンターには、大小の観察舎(写真4)の他、日本の自然観察施設では余り見かけない立派な食堂もあります。そのため、昼食の心配をせずにゆったりと過ごすことができます。また職員数も約40名(多少の季節変動有)と多いのです。日本との違いの背景にあると思われるものの一つに、使用料があります。日本の自然観察施設では、利用料を徴収している場合でも大人一人数百円であるのに対して、センターは大人一人17ポンド(約3000円)と比較的高額です(昨今の円安も強く効いていますね。)。
センターは、大都市における自然再生の成功事例とされています。整備水準の高さや活発なボランテ ィア活動など、学ぶことがあると思います。
(参考文献)
D. Goode(2014)NatureinTownsandCities.R. Bullock et al.(2021)WWT London Wetland Centre‒thefirst20years,BritishWildlife,32(8),584-591.
RichardBullock(2011)TheEndofaGoldenEra…andaGoodThingToo,53BIODIVERSITYNEWS(53),32-33.
R.M. Burton(1999)Botanical Records for1998, THELONDONNATURALIST(78)199-200.