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新型コロナと環境問題② ~相互比較のススメ~【白木裕斗】

2021年05月27日(木) 10:32更新

新型コロナの影響で、自由に移動できない日々が続いています。今はぐっと我慢の時期ですが、我慢だけだと辛いので、コロナ禍が終わった後、遠方へ自動車で出かけることを想像してみましょう。遠方まで自動車で出掛けたいなと思ったとき、みなさんは目的地までの行き方をどのように調べますか?

一昔前は、旅行好きの知り合いに聞く、紙の地図を使うくらいしか方法がありませんでしたが、最近は、自動車に搭載されたカーナビや、スマートフォンのカーナビアプリを使う人が多いのではないでしょうか。カーナビやスマホアプリは、単純な行き方だけでなく、到着時間や費用も計算してくれますし、中には距離優先・コスト優先など複数の経路を運転者に提示してくれるモノや、公共交通機関を使った場合の経路をも示してくれるアプリもあります。かく言う僕自身は、自動車のカーナビとスマホアプリを併用するタイプです。極端なときには、自動車のカーナビ、自分のスマホのカーナビアプリ、同乗者のスマホの別のカーナビアプリという3つのナビを使うときもあります。なぜそんな奇行に走るかというと、カーナビの種類によって、オススメルートが全然違ったり、到着時間が全然違ったり、交差点近くの案内の親切さが全然違ったりする(と感じる)からです。なので、高速道路と下道、目的地近く…など、状況ごとに使うカーナビを切り替えたりしています。


目的地までの経路を考えるという行為は、環境問題の解決策を考えるという行為と似ています。2020年10月の「2050年カーボンニュートラル宣言」により、日本の温室効果ガス排出量に関する2050年の「目的地」が明確になりました。目的地が決まれば、次に考えるべきは目的地までの経路です。カーボンニュートラルを達成するには、どの程度の再生可能エネルギーが必要になるのか。そもそも、カーボンニュートラルは実現できそうなのか。その時のコストはいくらか。別の環境問題を誘発しないか…。様々な可能性を検討し、多面的な判断基準から経路を選択することが求められます。この作業には、自動車の経路探索と同様に複雑な計算が必要です。そのため、”温室効果ガスの排出経路を計算するためのカーナビ”が国内外で開発され、研究成果が蓄積・活用されてきました。このような温室効果ガスの排出経路版のカーナビは、「エネルギーシステムモデル」や「統合評価モデル」と呼ばれています(以下、単に「エネルギーシステムモデル」と書きます)。

エネルギーシステムモデルは、ある入力変数(例えば、人口や経済状況、発電技術のコスト)の下で、いくつかの制約条件(例えば、温室効果ガス排出削減目標)を満たすことができるエネルギー源の種類やエネルギー技術の組み合わせなどを、コンピュータシミュレーションにより算出します。入力変数や制約条件を変更することで、「カーボンニュートラル(100%削減)ではなく80%削減を目標にした場合の経路」や「電気自動車のコストが劇的に安くなった場合の経路」などといった複数のパターンでの排出経路を計算できます。この複数パターンの排出経路の提示は、自動車のカーナビが、距離優先・コスト優先など複数の経路を示してくれるのと同じようなイメージです。

加えて、自動車のカーナビと同様、エネルギーシステムモデルも様々な機関が様々なタイプのものを開発しています。そして、これまた自動車のカーナビと同様、同じ目的地(排出削減目標)を設定したとしても、それぞれのエネルギーシステムモデルが異なる経路を示すことも少なくありません。そのため、エネルギーシステムモデルの結果を活用する際には、複数のエネルギーシステムモデルの結果を並べて見比べて、多くのモデルで共通している傾向を抽出するという試みがなされています。このような試みはモデル相互比較プロジェクトと呼ばれており、欧米を中心に、世界各国で進められています。モデル相互比較プロジェクトの成果は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC;Intergovernmental Panel on Climate Change)の報告書等でも数多く活用されており、パリ協定などの国際的な枠組みの構築に一定の役割を果たしたと言われています。

日本の温室効果ガスの排出経路に着目したモデル相互比較プロジェクトももちろんあります。最も新しい日本のモデル相互比較プロジェクトは、国内の5つの研究チームが参加しており、現在より一つ前の削減目標(2050年80%削減)を”目的地”に設定した分析を中心にしていました。5つのエネルギーシステムモデルから得られた経路の共通の傾向として、”省エネ”・”電力の脱炭素化”・”最終エネルギー消費の電化”が削減目標の達成に必要であること、鉄鋼業などの重工業の脱炭素化が難しいことが確認されています1)。また、2050年に電力の脱炭素化を実現する手段としては、多くのモデルで太陽光発電や風力発電が中心となる点には共通点が見られたものの、太陽光発電や風力発電を補完する発電技術としてはバイオマス発電、原子力発電、水素発電、アンモニア発電など、モデルごとにばらつきがあったことがわかっています2)。モデル間で共通の傾向が得られた施策は、多くのエネルギーシステムモデルで支持されていると考えられるため、推進すべき施策と判断されます。他方で、モデル間でバラツキがあった施策は、各研究チームの評価がバラついていると考えられるため、より精度の高い入力データを用意したり、モデル開発を進めたりして、追加的な分析が必要と判断されます。

このような複数の情報を総合して判断するという行為は、上述のモデル相互比較プロジェクトや、僕自身の”カーナビ相互比較プロジェクト”だけでなく、身近な場面でも見られます。例えば、入学試験の前には、複数の模試を受け、それらの結果を総合して合格の可能性を判断した人も多いと思います。台風の経路予測では、気象庁の結果だけでなくアメリカ海軍や英国気象局の予測結果などを併載した図をTwitterなどで発信している人を見かけることがあります。新型コロナ対策に関する情報も、日々どんどん更新され、様々な人が様々なことを主張しています。いろいろな情報源を見比べることは、より信頼できる、より確からしい情報を判別するのに有効です。単一の情報源に惑わされず、複数の情報源を並べてみながら、冷静に情報を取捨選択するスキルがより一層求められる時代になってきたと感じています。

1) Sugiyama, M., Fujimori, S., Wada, K. et al. EMF 35 JMIP study for Japan’s long-term climate and energy policy: scenario designs and key findings. Sustain Sci 16, 355–374 (2021). https://doi.org/10.1007/s11625-021-00913-2
2) Shiraki, H., Sugiyama, M., Matsuo, Y. et al. The role of renewables in the Japanese power sector: implications from the EMF35 JMIP. Sustain Sci 16, 375–392 (2021). https://doi.org/10.1007/s11625-021-00917-y