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外来種は本当に悪者か?【井手慎司】

2016年11月29日(火) 11:49更新

最近,ある本を読んで,改めて外来種の問題は難しいと思った.また,これからの自然環境の保全はいったいどこを目指せばいいのだろうか,と考え込んでしまった.その本とは『外来種は本当に悪者か?:新しい野生 THENEW WILD』(フレッド・ピアス著,藤井留美訳,草思社)である.

この本で著者が主張していることをまとめるとおおよそ次のようになる.

「自然のバランス」あるいは「手つかずの自然」(在来種だけによる生態系)などというものは想像の産物にすぎない.そもそも自然というものは,行き当たりばったりなもの,変化があって当たり前なもの.だから在来種だけの生態系を守ろうとしても(つまり,すべての外来種を駆除しようとしても)とうてい実現できないし,費用や時間の無駄である.よけいな手だしなどはせず,むしろ外来種の活力を活かして,「新しい野生」の再生をめざすべきである,と.

これらの主張の根拠として著者は,たとえば,アマゾン川の流域や中央アフリカ,東南アジアなどの現在の熱帯雨林の大部分において耕作や精錬などのために伐採された痕跡が見られること(地球上に処女林などはもはやないこと)を指摘する.加えて,それらの森林が,かなり行き当たりばったりのやり方ながら,深刻な攪乱からみごとに回復してきたことを.

また,外来種の侵入が成功する背景にはかならず理由があるとする.在来種の数が外来種のために減ったと信じられている事例の多くにおいて,減少の原因は実は別にあり,外来種は,在来種が減った隙間に入り込み,増えたのにすぎないのだと.さらには,侵入してきた外来種が結果的に,在来種の生存の可能性を高め,その地域の生物多様性を向上させている事例も多いのだという.その一方で,人間による意図的あるいは非意図的な外来種の導入や拡散が,あるいはその逆に駆除への努力が,思いもかけない生態系の攪乱を招いてしまった数多くの事例がこの本には登場する.

筆者に言わせれば,大きな時間の流れの中では,そもそも「在来種」というものは存在しない.在来種と外来種という人間が決めた区別は自然にはなんの意味もないと切り捨てる.また,外来種の駆除(生態系の浄化)を主張する人たちの考え方の裏に漂う,異質なものを嫌悪し,排除しようとする「優生学」(民族浄化)と同質の危うさにも注意を喚起する.

とは言え,筆者の主張に肯首せざるをえない点が多いことは認めるものの,結論としての「よけいな手だしはなどせず,むしろ外来種の活力を活かして」云々という部分に関しては,さすがに戸惑わざるを得ない.著者は「これは無策の勧めではなく,希望と現実主義の話なのだ」とはいうが,何もしないほうが本当に自然の再生のために良いのなら,開発のための自然破壊を無条件で肯定し,自然の保全や再生などを一顧だにしなかったかつての時代との違いはどこにあるというのだろうか.自然の変化を捉える著者の時間のスケールが事例によってかなりまちまちである点も気になった

ともあれ,久しぶりに考えさせられた本である.環境をより深く学びたい生徒・学生には,ぜひ読んでもらいたい.