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「西欧自然環境保全の旅」第6回 パリ近郊の自然再生:クレテイユ市長ビロット将軍の夢【上河原献二】

2024年05月20日(月) 11:38更新

本学科上河原献二教授が、一般社団法人日本植木協会の機関誌「緑化通信」に本年4月号まで過去6回連載した記事をご紹介します。

※「緑化通信」のご好意で転載許可をいただき、転載しています。

第6回目は、パリ近郊の自然再生:クレテイユ市長ビロット将軍の夢

クレテイユ市(Créteil)はパリ中心部(ノートルダム寺院)から南東方向に約12キロの距離にあります。地下鉄(8号線)が通っていてパリの中心部(オペラ座)から30分余りで行くことができます。東側と北側を蛇行するマルヌ川と西側を流れるセーヌ川の合流点に近い氾濫原に位置しています。ヴァル・ド・マルヌ県の県庁所在地ですが、パリ郊外の新街区として発展しました。人口は、第二次大戦後に約1万人から急増して2021年現在で約9万3千人となっています。中心部は、1960年末から始まった都市計画プロジェクトによって整備された「新クレテイユ」(Le nouveau Créteil)です。1965年から1977年までクレテイユ市長を務めたビロット将軍は、人々が住み、働き、遊ぶことができる「本当の都市」を作るという夢を持って、この新街区を構想したのだそうです。新街区には裁判所、県庁、ショッピングセンターや集合住宅などの現代的なあるいは未来的な建物が並んでいます。パリ郊外のニュータウンの中には無機質な高層アパートが並んでかつ治安の悪いところもありますが、クレテイユ市の新街区は都市計画・建築の世界でも評価されているそうです。

その新街区の西部にはクレテイユ 湖とその周辺の緑地からなる公園があります。クレテイユ湖は南北1500メートル、幅は最大で400メ ートルで面積は40ヘクタールあります。水深は浅く平均約4メート ルです。湖岸にはヨットやカヤ ックの貸し出しも行っているセ ーリングスクール(Base nautique de l’île de Loisirs)、大きな野外プ ールを持つレジャーセンター(Île de loisirs de Créteil)があります。この湖と緑地からなる公園のおかげで周辺の住宅は、不動産市場で人気があるとのことです。

実はクレテイユ湖の場所にもともと水はありませんでした。そこは1940年から1976年まで石膏と砂利の採取場だったのです。つまり、今では自然豊かに見えるクレテイユ湖は人工的に作られたものなのです。1968年に地元自治体がクレ テイユ公園の建設プロジェクトを決定したのがその始まりです。1978年から公園として開放されましたが、周辺の整備工事は1988年まで続きました。
ク レテイユ湖とその周辺の緑地は今では自然豊かな場所となっていて、その一部は国の生態学的·動植物学的重要自然地区(Zones Naturelles d’Intérêt Écologique, Faunistique et Floristique(ZNIEFF))に指定されています。湖岸には環境教育を提供するネイチャーセンター(Maison de la nature)があります。また、地元の自然愛好団体(Collectif du lac de Créteil)によって野鳥観察会などが行われ、また市民参加による調査によって2023年までに約500種の野生生物が確認されているそうです。
クレテイユ湖では有毒なシアノバクテリアがアオコのように増殖することが問題になっています。流入する水質が悪いことに加えて、来訪者が水鳥に与える餌も水質を悪化させる一因となっているとのことです。2016年に私が訪問した時にもシアノバクテリアの増殖は既に話題になっていましたが、2023年8月から水に浸かるリスクがあるとしてパドル・ボートとウィンド・サーフィンの利用は停止されています(ちなみに、水泳は安全を保障できないという別の理由で1979年から禁止されています)。また、南米原産の侵略的外来水生植物オオバナミズキンバイが定着していて、2016年に訪問したときには機械による大規模な刈り取りが行われていました。大都市近郊の自然再生地は人々から愛される場所となっていますが、その生態系は不安定で費用と人手をかけて管理が行われています。