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「西欧自然環境保全の旅」第5回 ニューフォレスト 南イングランドの里地里山保全【上河原献二】

2024年05月20日(月) 11:13更新

本学科上河原献二教授が、一般社団法人日本植木協会の機関誌「緑化通信」に本年4月号まで過去6回連載した記事をご紹介します。

※「緑化通信」のご好意で転載許可をいただき、転載しています。

第5回目は、ニューフォレスト 南イングランドの里地里山保全

南イングランドの港湾・工業都市サウサンプトンの西郊に、ニューフォレストと呼ばれる地域があります。緩やかな丘陵に淡い紫の花を付けたヒースの灌木が点在する草原と林が広がり、馬、牛が群れています(写真1,2).車の中から眺めていると、映画の中にいるような爽快感があります。西側にはエ イボン川が流れています。Chalk stream(石灰岩河川)と呼ばれる類型の川で、流量の安定した清流です(写真3)。その氾濫原には湿地帯が拡がっています(写真4)。
ニ ューフォレストは、イングランドを征服したノル マン公ウィリアムによって、11世紀に「新しく」王室の狩場に指定された場所です。中世では、Forestは狩場を意味したそうです。現在は国立公園に指定されています。その半分は王室領(Crown land)で、日本の林野庁に当たるForestEnglandが森林を管理しています。帆船時代には、その樫の材木がイギリスの艦隊の建造を支える重要な役割を果たしていたそうです。また、中世以来、地域住民(commoner)には、家畜の放牧などの入会権が認められてきました。そのための特別な法(TheNewForestAct)も1877年に制定され、今でもその法律に基づいて入会権を管理する特別な法廷があります。ニューフォレストの魅力的な景観は、人が木を伐り出し家畜が草原を維持して作り出してきた、イギリス版里地・里山なのです。なお、土地はやせていて、農作物生産には向いていません。そのことも独特の自然景観が維持されてきた背景のひとつです。

1950年代にイギリスで最初の国立公園が指定されたとき、ニューフォレストも検討対象でした。しかし伝統的な制度によって守られていくのが適当として、指定対象から外れました。その後、サウサンプトンなどから市街地が迫ってくるなかで、従来のような森林や入会地管理を中心とした体制では、ニューフォレストの個性的な自然を守れないことが明らかになりました。そこで、議論の末、国立公園に2005年に指定されました。その際も、地域の伝統を重んじる人々から反対が続いていたとのことです。
ニューフォレストはユニークな国立公園です。ピークディストリクトなど山岳型の国立公園とは違って、都市に近い、しかも、最高地点でも標高135メートルしかないなだらかな場所です。そして最も面積の小さな国立公園の一つです(面積567㎢)。そこに3万4千人が住んでいて、イギリスで最も人口密度の高い国立公園となっています(数字は2011年時点)。
この地域では、自然保護団体ハンプシャー&ワイト島野生生物トラスト(HIWWT)が活発に活動しています。その役員の一人であるクリーブ・チャタ ーズさん(Mr.CliveChatters)は、ニューフォレスト国立公園を管理する委員会の国選委員を務めたご経験もお持ちです。ニューフォレストの西縁にあるブリアムーア湿地(写真4)は貴重な植物種が豊富な場所ですが、そこに侵略的外来種オオバナミスキンバイが侵入しているのを最初に見つけたのもチャターズさんでした。その後、政府からの依頼を受けて、HIWWTがその湿地の保全活動を行っています。民間団体の活動が、ニューフォレストをより魅力的にしています。この記事の2枚の写真の掲載についてChatters御夫妻にご協力いただきました。記して感謝します。