自分探しの途中の人
【学科紹介-OBの声- OBの方へ】 komeno@2010/04/08
第2期卒業生 西尾好未
早いもので,2010年3月で卒業から8年が経ちます.私の友人には卒業後,自分の夢を追いかけ希望の仕事に就いた人,卒業してすぐに親になった人,ひとつの会社で必死にキャリアを積んでいる人,中にはまだ自分探しの途中の人もいます.今回,私の在学中,そして卒業後の経験,いまの「思い」をお話しすることで滋賀県立大学の在学生,そして卒業生,関係者の皆様の記憶に残る卒業生の一人になれば,こんなに嬉しいことはありません.
私は卒業後,いくつかの仕事を経験しており,現在勤務している民間の会社(分析機器メーカー)で4つ目になります.職種は様々ですが,一貫して心がけ,自身のモットーというか,私の心にあるものとして「現場を知る」ことを大事にしています.
それは,大学4年生の秋の出来事から生まれた思いです.ひょんなきっかけからカリフォルニア(米国)に行く機会を得た私は,自分が英語が分からないことに目をつむって,勢いで渡米しました.たった一週間ほどの滞在でしたが,それでも今でも忘れられないことが二つあります.
ひとつは,「バケツから無限の砂をまいたような」星空を見たことです.あんな星空をそれまでに見たことはなく,今でも目を閉じると思い浮かぶほどです.その星空は,そこにいた人たちの言葉や専門,そして国の違いを超えて同じ感動に包んでいました.それは「その場に私がいた」から得られたものだと思っています.
二つ目は,訪れた湖の周辺の景色,感じた空気,圧倒された大きさが,後に私の知識習得の助けとなった事実です.私は帰国後,その湖の歴史と保護のための住民運動をまとめたドキュメント本を約一年ほどをかけて翻訳する機会がありました.今でも自信はありませんが,当時は今以上に英語が出来ず,翻訳作業は本当に大変なものでした.しかし,訪問した時に撮影した写真や,感じた距離感,湖水(塩湖でしたので)のしょっぱさ,見せてもらったプランクトンや顔にまとわりついた虫の多さ,そんな「その場に私がいた」からこそ得られた経験が,翻訳した言葉を生きた言葉に変えることが出来たと信じています.
振り返ってみると,私が在学していた当時の県立大の講義は,そんなその場いることの大切さを知る講義が多かったような気がします.特にフィールドワークでは,テーマごとに「現地」に赴き,地元の方の生きた言葉を聞き,記録を探し,記憶を言葉にすること学びました.そのフィールドワークでの経験が,その後の思いがけず「現場を知る」という機会を得たときに,自然に「自分は何をすべきか,何を感じるべきか」というのを思い出させてくれているのだと気付きました.でも本当はその講義を受けたときに分かってほしいことだったんだけどな,と当時の先生からお叱りを受けてしまいそうですね.
そんな経験から,卒業後に勤めたリサイクルコンサルタントの会社では机上の勉学よりも,実際に廃棄物を収集し,それを再生しているお客様先に行くことを大事にしましたし,廃棄物のサンプルを実際に見たり触ったりして,そこから得た感覚を自分の言葉に変える努力もしました.
またその後に勤めた財団でも,自身で徹底したのは,部屋に閉じこもった会議だけを行うのではなく,大人も子供も,専門家も一般の人も,そして国も関係なく,より多くの人が「見る」こと「感じる」ことが出来るようなプログラムを企画し実行したことです.
今勤めている会社でも,自身の在学時の専門とは全く異なり入社当初は混乱しましたが,それでも大切にしていることは同じです.それは,実際に装置に触れること,そして出来るだけ多くののお客様に会い,その声を大事にすること.つまり私たちの装置を使っていただいているその現場をよく知ることです.
お客様先を訪問して,私たちの装置がどのような環境にあり,何のためにどれくらいの頻度で使用されているか,を自分の目で確かめ,また社内の勉強会では,ある業界の生産プロセスを学ぶ機会があり,生産プロセス全体で,どの工程に私たちの製品が使用され,どんな精度を求められているのか,また私たちの製品にラインナップがない分析機器はどんなことを分析する装置なのかを知りました.これからも大切にしたいと思っていることです.文頭に書いた「自分探しの途中の人」というのは私も含むのかもしれません.でも「現場を知る」経験が私の新しい世界をつくり,常に私が「途中の人」になってしまうのだと思います.幸せなことですね.
そして「途中の人」でもいいんだ,と思える自身の礎になっているのが,滋賀県立大学での先生方からの教えであり,メッセージなのだと,確信しています.ご指導ありがとうございました.
—写真の説明—
①ナクル湖(ケニア)
2005年にナイロビ(ケニア)で開催された第11回世界湖沼会議のフィールドツアーからの写真です。世界湖沼会議は、当時勤めていた財団が主催する、世界の湖沼環境保全をテーマとした国際会議です。私は主催団体の一人として会議に参加しました。写真ではお伝えできないので残念ですが、湖岸には130万羽(現地説明による)のフラミンゴがいて、湖岸に沿うように鮮やかなピンク色の帯ができていました。その帯は写真のように遠めに見るとピンク色に見えるのですが、実際のフラミンゴはもっと赤色に近いピンク色をしていました。なぜ写真にはピンク色で写っていたのか?それはそのフラミンゴの大群の中に、それに負けないくらいの数の真っ白なペリカンがいたからです。湖岸に下りて、近づいてみて初めて分かった、自然の色の素晴らしさでした。
②③野積みされている廃棄物とそこから発生しているメタンガスの様子(カンボジア)
2005年当時勤めていた財団では国際協力研修を受託しており、私はその研修のカリキュラムコーディネーターをしていました。2002年に研修に参加したカンボジアの方を、帰国後の2005年に研修の講師の方と一緒に訪れ、その研修員が課題としていた現場を案内してもらった時に撮影したものです。担当していた研修事業をさらに充実させ、効果のあるものにするためには、研修コーディネーターだった私が、研修員を取り囲む環境、研修員が解決しなければいけない課題/問題、それを「現場」として知ることが必要でした。写真では分からない、現場の臭い、ハエの多さ、自然発煙、ゴミの山の中を裸足で歩いて資源ゴミを探す子供たちを実際に見て、私たち日本人が伝えられる「思い」や「技術」は何か、考えなければならない多くの課題をそこから学び、その経験をその後の研修カリキュラムの構成に役立てました。















