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2010/4/28 水曜日
[出会いが生み出す財産]
第2期卒業生
大西 弥恵子(旧姓 馬場)
私は大学を卒業後、滋賀県を離れ映像制作の会社に入社しました。そしてディレクターとして約8年間ビデオ制作に携わっておりました。主な仕事内容は、クライアントから目的や要望を聞きだし、それを活かした演出方法を考え、スタッフを率いて撮影に望むことです。
仕事の内容自体は、環境問題を取り扱う大学の授業と直接的な関係はありませんでした。しかし四年間の講義や卒論制作によって、物事を様々な視点から捉えることや、問題に対して能動的かつ積極的に取り組んでいく力を身につけることが出来ました。これらは、色々な意見をまとめて撮影の方針を決定したり、問題が発生したときに周囲の力を借りながら解決方法を見出すことなど、ディレクターつまり撮影チームのリーダーとして必要とされる力を養うのに非常に役立つものでした。また、大学時代に「ものをつくる」ことに興味を抱き、その結果映像制作という仕事に就いたのですが、その経緯には友人との付き合いで得た数々の刺激が元になっています。10代後半から20代前半という、人生の中で最も多くのことを考えたり感じたりする時期に、学科内の交流や、学内にとどまらず地域も巻き込んだサークル活動、またアルバイトなどで多くの人々に出会ったことが、これまでの私を形作る大切な財産になっています。
さらに、そのような出会いから生まれた友人の紹介で、数年前に彦根市に住む男性と知り合い、結婚することになりました。そして映像制作の会社を退職し、再び彦根市で暮らすようになりました。
その後、滋賀県立大学で勤務することが決まり、現在は環境科学部の実習助手として働いています。在学中にお世話になった先生方にも再びお会いし、楽しかったキャンパスライフを思い出しながら、毎日仕事に励み充実した日々を送っています。
私は大学に入学するまで、大学教育と言えば広い教室で大勢の学生に対して講義を行うものだというイメージを持っており、「先生 対 学生」は「一人 対 大勢」という関係に過ぎないと思っていました。しかし、実際には少人数で行う講義やゼミ、そして複数の先生で担当する授業が存在し、先生方は一人一人に対して熱心に指導をして下さったのです。さらに現在、私は大学で勤務することにより、再び滋賀県立大学の教育に触れることになりました。学生の時とは違う立場で、いわば「教育の裏側」を覗くことになったのです。そこでは、学生時代に私自身が感じていた以上に、先生方が学生一人一人を注意深く見守りながら、熱心な指導が行われていました。このような教育体制であるからこそ、私のように授業内容とは異なる分野で働くことになった者にも、仕事をする上で役立つことが多く学べるのではないかと思います。
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作成者:komeno
カテゴリー:OBの声, OBの方へ
10:58:38
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